私は基本的には「1st厨」だと自分では思っていて、もちろん老害なのはわかっています。ですがというか、それをわかっていてもここ数年のガンダムを見て萎えざるを得ませんでした(「水星の魔女」は未見なので何とも言えません)。
Netflixで配信されていた「機動戦士ガンダム 復讐のレクイエム」とか、ただ単に未だに1st擦っているだけだったし。
「ユニコーンガンダム」も、結局は1stにこだわっているし、主人公も彼の乗る機体もチート性能を持たせたりしてなんだかなーと。
「機動戦士ガンダムSEED FREEDOM」なんかも酷くて、なんか調べたらこのシリーズ、アイドルものとみなされているみたいですね。
去年盛り上がったらしいジークアクスですが、私もついうっかり見てしまいましたが、結局また1stを擦ってプロが作った同人アニメを見せられているみたいで、話の重みが全く無いんですよ!薄っぺらいんです!
で、このブログでとりあげる「閃光のハサウェイ」も、「逆襲のシャア」の後の話で結局は1stという「繭」の中の閉じた話なのではないかと思っていました。
シャア=アムロ=富野由悠季で、彼らが「父親になること」に失敗する話。
ですが、今年劇場まで行って映画を見る際に流れた「閃光のハサウェイ キルケーの魔女」を見て、ちょっと見てみようかなと思ったので、ちゃんと第一部である「閃光のハサウェイ」を見ておこうとNetflixにて視聴。
↓ロッテントマトスコアは結構高い。
見ることになった理由ですが、私は本作に「ノワール(暗黒小説)」の匂いを勝手に感じ取ったから。ギギ・アンダルシアというキャラクターが出て来るんですけど、彼女がいわゆるファムファタル(運命の女)で、ハサウェイという愚かな男(高邁過ぎて地に足のついていない理想をかかげ、シャアの意思を継ごうとしているがカリスマ性は無い)が彼女によってとんでもないことをしでかして運命を狂わされてしまう様に見えた。
劇中ハサウェイは自分の至らなさも頭でっかちなのも重々承知しているし、結局テロルに走らざるを得ないのも忸怩たる思いがある。が、連邦の腐敗があまりにもひどいので彼は手を血に染める訳だ。
私が本作を見て、「キルケーの魔女も見よう」と決心した決定的な描写は、現実のアメリカでいうところの「ICE(移民関税捜査局)」が出てきたから(作中では「マンハンター」と呼称)。
こんな今日的な描写を、ドナルド・トランプが大統領に当選する前の2021年に表現してくれるのであれば、やはり最後まで見届けようという気になりましたね。こういう描写こそがガンダムというコンテンツの最も大切なところだと、私的には思っています。世界の残酷さを見せることによって見る者の認識を変容させる。
原作小説は実は未見だったりしますが、旧来のファンからすれば、結末はもう既に決まっていて、そこに向かって進んでいく話。つまり、「ギリシャ的結末」という物語な訳だ。
本作は三部作の第一部で、導入部なので登場人物紹介と舞台背景をざっくりと見せていく感じですが、終盤にはちゃんと見せ場があり、ハサウェイの乗るモビルスーツ「Ξガンダム」出て来て敵を追い払い、人質になった味方を救助する。このガンダムの造形が非常にメタ的で、出来損ないに見えてしまうんですよ。
最強のパイロット能力を持っていたアムロ、高いパイロット能力と指導者としてのカリスマ性を兼ね備えたシャアという、良くも悪くも1stガンダムの「英雄」が「逆襲のシャア」で「いなくなり」、ハサウェイはただのパンピーに毛が生えたといってもいい様な存在でしかないのだが、それを自覚してもなお戦おうとするハサウェイを今日的なキャラクターにリファインされていて、共感出来る主人公に仕上がっていると思います。