現実がフィクションを超えてしまった日に:なぜ私は映画を見られなくなったのか

 3連休なのに映画を1本も見ていないというよりも、新年から世界情勢が激変し過ぎたことがかなりストレスになって映画を見ることが出来なくなっています。まず1月3日に知った「2026年アメリカ合衆国によるベネズエラ攻撃」。参照資料がwikiになるので情報の確度は低いかも知れませんが。

ja.wikipedia.org

 この事件の意味って、まず自称にしろ民主主義国家の盟主たるアメリカ合衆国が、こともあろうに他国の国家元首を逮捕・拘束してアメリカ本国に連行するなんてダメでしょう。

 

 これでもう権威主義的な他国の国家体制を批判出来なくなってしまったし、「力がすべて」という野蛮な振る舞いを身をもって示してしまったというのが一点。そして、「じゃあうちもやっていいよね」って他国もなるでしょう。ここでまずもう一点。

 

 もうひとつ、国際法を無視したので、これで国連等というものが完全に形骸化した無力な存在であることを世界中に知らしめてしまった。

 

 子供の教育にも悪いと思っていて、特に学校でのいじめが最近でもSNSに上がっていたりするけど、「加害者の親がその地域の権力者だったり、バレなかったり罰せられなければいじめOK!」みたいな波及効果はあると思うんですよ。

 

 世界の底は前から抜けているのかも知れませんが、今回の事件は決定的といってもいいでしょう。そもそも何故トランプの様な独裁者が民主主義国家で誕生してしまうのかは、リチャード・ローティが予測しているし、パトリック・J・デニーンによれば、リベラリズムが成功したことで、そこから零れ落ちる人は必ず出るので、そういった周辺化されてしまった人々の怨恨感情というかバックラッシュを利用してトランプは再選を果たした。

entanglement26.hateblo.jp

 つまり、こうなることそれ自体は必然で、止めることが出来なかったというのが本当に絶望的だと思います。これからの世の流れっておそらくジョージ・オーウェルの「一九八四年」みたいに世界が3つに分かれ(どれも全体主義体制)、国民は常に監視され(スマホがあるしね!)、あの有名な二重思考「戦争は平和である、自由は屈従である、無知は力である」が現実のものとなるのでしょう。

 加速主義者のピーター・ティール達は、どちらかというとテクノロジーを使ってほとんどの人々をデジタルドラッグに漬け込ませ、究極的には不死を実現させようとしているとか、悪夢的な未来しか予測出来なくて、そういった悪夢的な未来像をエンタメとして消費出来なくなっています。

 Amazonプライムビデオでファイナルシーズンが配信される予定の「THE BOYS」なんか、現実があまりにもえげつなくて、創作物がそれに追いつけなくなっているので、見る気が起きないんですよ。その話の中で仮に悪が倒されても、全然リアリティを感じないでしょうし。

youtu.be

 まあ、少し休めば気力を取り戻せるのかも知れませんが、まだ1月でこんななんで、今年は荒れそうですね…