【映画批評】ペリリュー楽園のゲルニカ:なぜ美しい南の島は地獄の「ゲルニカ」になったのか?若い世代に届く戦争の真実(ネタバレありです!)

 ぺりりゅ~!(最低の言い換えかた)。等という冗談はさておき、お客さんの入りは1割(!)。まあ無理もない、「ズートピア2」と公開時期が被っては仕方がないですもんね。ジャンルかどうかはわかりませんが、「太平洋戦争地獄物」とでも呼称しておきますね。タイトルにある「ゲルニカ」は、ピカソの「ゲルニカ(爆撃を受けたスペインの地名」で、要するにそこと一緒の惨劇が描かれる。

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 舞台は昭和19年パラオ諸島にある「ペリリュー」という島で、大日本帝国軍が米国と戦っていて、もちろんまったく勝負にならない。冒頭でこの物語の主人公で、見届け人であり多くの日本兵士を救うことになる田丸一等兵と、バディになる吉敷佳助上等兵、皮肉屋で冷笑的な小杉伍長等が紹介され、正直ここらへんで勘のいい人は誰が死ぬのかはわかってしまう。

 

 米軍が攻めて来ての交戦シーンも、正直テンプレにしか見えなくて(戦争物を見過ぎているので)、そこで繰り広げられる惨劇も既視感ありまくりだったりする。

 

 漫画家、というより「絵の描ける大日本帝国軍の兵士が、南国で体験した地獄の語り部になる」点を抜き出すと、水木しげる先生の「総員玉砕せよ!」があるからなんですけど

 

 ↓水木先生なんか、ここで片腕失ってますからねー。

 で、散々な目に遭い自軍は密林にこもって持久戦をすることになるのも既に知っているし、食糧難や疫病でバタバタと倒れていくのも「あるある」で、作品のクオリティとは別に「あー、はいはい」と思ってしまいましたね。

 

 島田洋平少尉が、敵の糧食を奪うという作戦を立てて実行し、無事に成功してみんな喜ぶんだけど、それは結局降伏をせずに抗戦を続けるので、結局は皆は解放されない。そしてご存じのとおり日本は敗ける。時に昭和20年の8月。

 

 が、末端の兵士である田丸達には伝わらず、米軍のゴミ箱から発見した新聞や雑誌で日本が敗北したニュースをみることで兵士たちは動揺。意を決した田丸と吉敷が、試しの自分たちがまず投降して様子見をしようとしたところ、島田少尉とその息のかかった部下たちと内ゲバみたいなことになる。

 

 ここらへんがモロに私には、学生運動で追い詰められた全共闘世代が、仲間をリンチして殺した「山岳ベース事件」を思い起こさせ、「追い詰められた集団が、閉鎖空間(この場合洞窟)」に閉じ込められて、考えが違ってしまうと凄惨なことが起こるという点では普遍的ですね。

 

 で、終盤やはりというか投降を提案した吉敷は助からずに田丸だけが投降に成功する。ここまで見て来て、この作品は日本の漫画が原作(未読)で、それを映画化したものですがアメリカ映画の脚本と同じ構造で、「共感できる主人公が追い詰められ、『殻を破り』反転攻勢する」という展開をなぞっている。

 

 「追い詰められる」点はもちろん戦争の悲惨さによって、「殻を破る」というのはここでは「そもそも生き残る見込みの無い戦場で、自分たちは助からないのではないのか?」という「思い込みを破る」。そして「反転攻勢する」は、故郷の家族に手紙を書いてもらうことで、仲間の投降を促して助け、自分も故郷に帰る。

 

 見る映画を間違えたと言いますか、これは今の若い世代向けに送られた作品だと解釈しています。今現在他国との戦争も辞さずみたいな「勇ましい」言動をする愚かな連中がいるけど、こういう作品を見て「お前ら、戦争に行くってこういうことだよ?」と疑似的に思い知らせる。

 

 映画内で、昆虫や南国の生き物、ペリリュー島の島民の無邪気さや美しい自然を繰り返し何度も何度も映し出すのは、いかにあの戦争がくだらないものであったか、ペリリューで死んでいった兵士が無駄死にであったことを対比することで強調している。「尊い犠牲」等と、彼らを決して讃えてはならない。何故かと言うと、あの戦争を賛美してしまうことになるから。