昔のかなり有名な映画の感想をこうやってブログにアップすると、自分の無知をさらけ出しているようで少し恥ずかしいですね…
舞台は第二次世界大戦後のイタリア。第二次世界大戦時には日本と同盟関係にあり(三国同盟!)戦争に敗けて日本と同様、「火垂るの墓」でも描かれている様に貧困にあえぐイタリアの国民の当時の状況を、自転車泥棒の被害を受けた一人の男性を通して描く。
序盤で貧困にあえぐ主人公アントニオ・リッチ(イタリア人の名前なんだけど、「リッチ(裕福)という英語を連想させる皮肉)が、自転車を必要とする仕事にありつく。しかし仕事中に突如その自転車を盗まれ、その犯人を追うというのが大まかな流れになる。
中盤で自転車泥棒を発見し、そいつと関係のある老人を教会まで追い問い詰めるシーンですが、アントニオは教会にいるのに自分のことしか考えずに祈りなどしない。ここで一度「神の不在」を示すわけだ。
物語途中でアントニオは、インチキスピリチュアルな中年女性に頼ろうとして、「進次郎構文」みたいな返しをされ煙に巻かれ、お金まで失い二度目の「神の不在」が証明される。
で、そのあと当の自転車泥棒を発見して問い詰めるも、そいつが詐病し仲間らしきマフィアっぽい連中に脅され、証拠である自転車も見つからないのでアントニオは追い出される。完全犯罪が成立してしまいここで三度目の「神の不在」が証明されてしまう。
そして終盤、追い詰められたアントニオはとうとう自分が「自転車泥棒」になってしまい、そこであっという間に捕まってしまう。ここでちょっとアレっとなったのは、盗まれた被害者が警察に突き出さずにアントニオを放免するんですよね。
何故かわからなかったけど、ここではつまり「赦し」が与えられ、「神の存在」が証明されたのではないかと考えました。「ネオレアリズモ」という、昔あった映画の代表的作品ではあり、一見救いが無い終わり方に見えますが、私には逆に見えましたね。
