彼らが最初共産主義者を攻撃したとき

 今回の参議院選挙の結果を受けてというか、ついに来たなという感じがします。

 

 で、これから起こることはもう大体読めるといいますか、「既に書かれている」とも言えたりします。

 

 うろ覚えの文章を思い出せ無かったので、GoogleのAI「gemini」に今の状況を説明して、なんかこういう時に誰かがつぶやいていた文章だかなんだかかあったとおもうんだけど、なんだったったけ?尋ねてみたら出て来ました。

 

 その文章、詩ということなので掲載します。

ナチス共産主義者を連れさったとき、私は声をあげなかった。私は共産主義者ではなかったから。

彼らが社会民主主義者を牢獄に入れたとき、私は声をあげなかった。社会民主主義者ではなかったから。

彼らが労働組合員らを連れさったとき、私は声をあげなかった。労働組合員ではなかったから。

彼らが私を連れさったとき、私のために声をあげる者は誰一人残っていなかった。

 上記は、ドイツのルター派牧師であり反ナチ運動組織告白教会の指導者マルティン・ニーメラーの言葉に由来する詩だとのこと。これから先起きることはだいたいこんな感じです。

 

 そしてそれは残念ながら避けることが出来なかったりします。

 

 で、そもそもなんでこういうことになったのか、私も最近知ったというか腑に落ちたのですが、以下の様なプロセスです。

 

 まず、近代国家が経済的に発展していくには、都市に人が集まることになる。

 そうすると地方には人がいなくなり地方の産業は空洞化する。

 地方が空洞化すると、民主主義にとって必要不可欠な要素である分厚い中間層がいなくなる。

 そうなると、分厚い中間層の中から人民の代表である知的エリートが政治家にならず、既得権益が自分たちの都合のいいような法律ばかりを通す。

 貧富の差が拡大して格差社会になる。貧富の差が拡大し、抑うつ的な感情を抱えた下層に追いやられた人々は、攻撃したいというか、責任をなすりつけたい「敵」を求める。

 そこに、「私は君たちのことをちゃんと見ている。君たちを決して見捨てたりはしない。私にまかせなさい」と「強そうな」振る舞いをするポピュリストが出現する。

 

 以上が現在起きていることのあらましだったりします。上記のことは、実はもう結構前にリチャード・ローティという人が、予想していたりします。

つまりこうなるのは必然で、どうしようもないことであるというのが実は本当の絶望なんだと思います。ちなみに、この本には虐殺が起こるメカニズムも解説されています。現在起きているヘイトも、この本を読めば本当に明快に理解できます。

 

 近代文明によって人々が合理的に思考すれば、こういう結末になるのは絶対に避けることが出来なかった。それこそがこの時代の閉塞感の正体だったりする。

 

 私たちに未来があるのか、既に混迷の時代と言いますか、乱世に入ってしまってとても憂鬱というか不安で、私は発達障害という少数者であり社会的には弱者なので、これから先生き延びることは大変難しいのだろうと暗澹たる気持ちです。